帰国しました
中国でのロールクラスは、お陰様で盛況でした。今年訪問した他国同様、やっぱり、グリーンランドカヤックに関する正しい情報が行き渡ってないという印象が強かったです。カヤック本体ということではなくて、体系的なグリーンランドカヤック文化という意味での情報です。
これ、裏を返すと、実は“そういった国”の方が多いのかもしれませんね。認識を改める必要がありそうです。
リカバリテクニックとしてのロールは「上がればOK」ではあるのですが、グリーンランドロールに限って言えば、ロールもまたグリーンランドの狩猟文化の一端であり、歪んだ情報の拡散を防ぐためにも正しく継承する必要があります。
実は、ちょっと前から気になっていたのですが、STAY SALTYが展開しているロールクラスにしても文字通りロールに特化したイベントであり、見ようによっては「文化ではなく、スポーツ寄り」に見えなくもないです。本当に文化としてのグリーンランドカヤック拡充に努めたいのなら、ロールを覚える前に(あるいは覚えながら)、数々のロールが編み出された背景(主に歴史的背景になるかと思います)を知る必要があるのではないかと思います。なかなか難しいところですね。
まぁ、置いといて…(置くなーっ!)
今回はエノさんも一緒に渡航しました。最高齢参加者として注目されたのはもちろんですが、その最高齢参加者がストームロールをゲット! これがまたさらに注目を集めることになり、そりゃもう大人気でした。
夜の部も盛り上がりました。ディナーはいつも主催者と一部の参加者とで円卓を囲んでの会食でした。
それが終わってお開きになったあとで、毎晩のようにエノさんと二人でホテル近くの居酒屋へ行ってカヤック談義です。こっちの方が充実してたりして(笑)。楽しかったなぁ。
エノさん、いろいろありがとうございました。お疲れさまでした。よかったら、また異国へ行くときにご一緒しましょう。
イベント終了後、青島市から単身で天津市へ移動。四時間ちょいの電車の旅です。全指定席で、隣の席にはインドネシアからの御仁が座り、英語が通じる相手でよかったです。
母親が天津市生まれなんです。3歳まではそこにいたと聞いてます。天津訪問はルーツを探す旅みたいなものです(笑)。
しかしまぁ、想像以上の大都会でした。高層ビル群も凄ければ、クルマの数もバイクも人も半端なかったです。まさに、怒涛という表現がぴったり。そんな大都会の真ん中に日本租界があり、保護区として現存しています。母親はそこで生まれたそうです。戦時中の話ですね。
クルマの往来が激しい大通りから一歩その租界に入り込むと別世界です。完全に時間が止まったような空間。日本で言えば昭和30年代ぐらいの雰囲気でした。
祖父母がまだ若かりし頃、そこに住んでいたであろう地区を散策すると、当時の活気溢れる生活が思い浮かび、遺伝子がザワザワするような不思議な感覚でした。わずか二日間の滞在でしたが、これまで天津について抱えてきたものが全て腑に落ちました。ミッション完了です。
これで、STAY SALTYを含め、今年の大きなスケジュールはすべて消化しました。やっとこさで、アニメーションに没頭できそうです。ドップリと浸かりましょうかね。

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